散歩するように生きる

リタイア後の日々の暮らしと趣味と日本語教育のこと

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春の花日記

新年度が始まり、花も一斉に

 前回の投稿が3月末でしたが、あっという間に4月も12日になってしまいました。退職した身なので、新学期が始まるというわけではありませんが、年度末に「暇だろう」とばかりに、急ぎの仕事が入ってきたりし、慌ただしくしていました。そうしているうちに、桜も散り始め、次々春の花が咲き始めました。

近所の川沿いの桜並木を散歩する

 まず手始めは、近所の川の桜並木の散歩です。近所の川と言っても、何キロにもわたって両側に見事な桜並木が続いています。遊歩道もあり、素晴らしいお花見ができました。

ジューンベリー

ジューンベリーの花も咲きました。昨年、鳥に実をすっかり食べられてしまった影響もあるのか、あまり多くは咲きませんでしたが、可憐な花です。

ミモザは満開!

 今年のミモザは見事にたくさん咲きました。枝があちこち向いてしまっているのは、大雪のせいで、枝が曲がってしまったからです。その割につぼみは落ちなかったみたいで、満開になってくれました。青空に映えます。木漏れ日の庭にリースを作って飾ってみました。花瓶に入れて飾ると、部屋も華やぎます。

 次はモッコウバラ、そしてバラです。楽しみな季節が始まりました!

 

 

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くらむぼんの甲州ワイン

甲州ワインとは

 ワインの中でも、最近気に入っているのが、甲州ワインです。夫の出身地である山梨で作られる日本固有のぶどう品種「甲州」から作られる白ワインのことを、甲州ワインと呼ぶようです。私はもともと赤ワイン、しかもしっかりした濃い目の甘みもあるワインが好きだったのですが、このところ、甲州ワインが好きになり、よく飲んでいます。

 甲州ワインを飲んでみると、明らかにヨーロッパ系の白ワインと味わいが違うことに驚きます。もちろん白ワインは、基本的にすっきりしているのですが、結構それなりの重みが感じられたりします。甲州ワインは、飲んだ瞬間、喉から鼻に抜けていくような、混じり気のない透明感を感じます(ソムリエだったら、的確に表現できるのでしょうが、うまく言えなくて、すみません。。。)繊細な和食にも合います。

くらむぼんワイン

 ワイナリー「くらむぼん」は、ご存知の宮沢賢治の「やまなし」と山梨をかけたものだそうです。Webサイトには、「『くらむぼん』という名前は、宮沢賢治の童話『やまなし』で蟹が話す言葉に由来します。人間と自然の共存、科学の限界、他人への思いやりを童話で伝えた宮沢賢治に共感し、この社名が名づけられました。」と紹介されています。

kurambon.com

 私が好きなのは、「くらむぼん」ワインのラベルです。美しい線画で、甲州ワインの味わいをよく表しているように思います。実際、繊細な蟹の絵が描かれたワインが代表的なシリーズとして販売されています。

 くらむぼん樽甲州も味わってみました。梨の線画に、「つぶつぶ泡」も描かれています。鯛のカルパッチョにもよく合いました。それにしても、宮沢賢治の「やまなし」は不思議なお話です。

 ワイナリー「くらむぼん」は一度訪ねてみたいなと思う場所です。いつか行けたらいいな。。

 飽きもせずよく飲んでるなと思います。

 

 

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春の装いの準備?

庭の沈丁花

 庭の沈丁花がたくさん咲いたので、切ってきて、部屋にも飾りました。香りが強くて、部屋の中が華やぎます。やはり芳香剤などとは違って、本物の花の香りはいいものだなと思いました。

 

タティングレースのモチーフを使って

 このところ、少し時間に余裕ができてきたので、またタティングレースでモチーフを編みました。大きいドイリーも作っているのですが、こちらはなかなか完成しません。小さいモチーフだと、大体1時間ぐらいで1つが編み終わります。

 このモチーフを、無印の地味なカーディガンに縫い付けてみました。着るとこんな感じです。

 ま、それなりに春らしくなったかなと思います。

 

 

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再びのさよならにっぽん丸5—牧野植物園へ—

牧野植物園へ

 植物好きの私たちは、まだ乗船までに少し時間があったので、朝ドラ「らんまん」で有名になった牧野富太郎を記念する植物園に行きました。

 少し疲れたので、まず、入り口にあるおしゃれなレストランで一休みしました。パンプキンプリンがとても美味しかったです。

花たち

 この時期、もうあまり花はありませんでしたが、ツワブキや菊系の花がきれいでした。可愛い実も見られました。

牧野富太郎博士と

温室へ

 洞窟のような入り口から、温室に入ります。外は真冬でしたが、ここは熱帯の湿度も高めの空間です。珍しい形の花々を楽しみました。

GOタクシーアプリで船に戻る

 この植物園は山の上にあるやや行きにくい場所でしたが、GO タクシーですぐに向かうことができました。帰りも、ちょうど上がってきてお客さんを降ろして山を下ろうとしているきたタイミングのGOタクシーを呼んで、すぐに船に戻りました。便利なアプリです。

 船の前では、坂本龍馬くんが出迎えてくれました!記念写真を撮りました。高知も楽しかったです。

 これでいよいよにっぽん丸ともお別れ。名残惜しさでいっぱいになります、、、と思っていたところ、実はもう一回、本当に最後のお別れ乗船をすることになりました。また投稿します!



 

 

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再びのさよならにっぽん丸4—初の高知上陸—

高知に到着

 朝目覚めると、もう高知沖に着いていました。この日は、観光バスに乗らずに、自分たちで町を歩くことに。クルーズターミナルで待っていたタクシーに乗り、まず街中に行きました。私は初めての高知で、楽しみにしていました。まずは、絶対に外せない桂浜へ。まだ時間が早かったせいか、人も少なく、清新な空気と明るい光を思い切り浴びました。

街中へ

 桂浜から路線バスに乗り、街中へ行きました。まずは有名な「はりまや橋」です。がっかり名所などと言われてかわいそうですが、それなりの風情を感じました。

有名なひろめ市場へ

 少しお腹が空いたところで、ひろめ市場に行き、藁焼き鰹たたきを見物し、好物の鯛めしをいただきます。慣れた鮮やかな手つきで藁焼きをしていた若いお兄さんは、インドネシアの方のようでした。

高知城へ

 ひろめ市場から歩いてほど近い高知城にも行きました。高知城の天守閣は、江戸時代以前の天守閣が残っている「現存天守」だそうです。そんなに遠そうにも見えなかったのですが、かなり急な坂で、頑張ってたどり着いたのは良かったのですが、夜にひどい筋肉痛になり、眠れないほどでした!それでも素晴らしい場所でした。


 このあと、欲張りな私たちは、「らんまん」で有名になった牧野富太郎の植物園にも行きました。これはまた次の記事で。

 

 

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東日本大震災:あの日から15年

2011年3月11日という日

  今日は東日本大震災発生から15年目だそうです。東日本大震災が起こったのは、2011年3月11日午後2時46分のことでした。明るい日差しの中、静かに部屋で仕事をしていると、あの日のことを思い出します。花も咲き始める時期でした。

 私は春休みに入りひとけのない大学の自分の研究室で、ベトナムへの海外出張に出かける準備をしていました。7階にある私の研究室はかなりゆらゆらと揺れて、立っていられないほど、そして書棚の本が次々落ちてきました。研究室から廊下に出て、揺れがおさまるのを待ちました。向かい側の研究室の先生も驚いて、外に出てこられました。

 これは只事ではないと思いました。研究室に戻りネットニュースをみると、仙台で大地震の文字が見えます。血の気が引きました。私の実家は仙台で、病気療養中の父と母が2人で住んでいます。数分のうちに、母から無事だというメールが届きました。庭の木につかまりながら、私が心配すると思い、送ってくれたと後で言っていました。

 母はこの春で95歳になるので、ちょうどあの頃は80歳だったんだなと思いました。まだ車の運転もして、父を病院に連れて行ったり、携帯のメールを使いこなして、あちこちに連絡したり機敏に動いていました。最近はすっかり老いて、もしかすると、震災のことも覚えていないかもしれません。

そして津波

 しかし、それだけでは終わりませんでした。私はともかく両親が無事だったとわかり、少し安心して仕事に戻りました。 そしてしばらくしてから、帰宅しようとして、帰りに事務室に寄りました。薄暗くなった事務室で、残っていた事務の人が珍しくテレビを見ていました。見慣れない光景だったので、何か映画でも見ているのかなとも思いました。黒い水に家々が呑み込まれている映像でした。私の実家は仙台で、などと事務の人と言葉を交わした記憶があります。私の実家は海の近くではなかったのですが、急いで家に帰り、ニュースを見て、実家に電話をしましたが、もうつながりませんでしたし、メールもできませんでした。母と話ができたのは、それからかなり先のことでした。

 実際に仙台に私が行けたのは、もっと後のことでした。当時は、とにかく何か買えたものを入れるため、リュックを背負っている人が多かったです。数ヶ月後には、今度は、喪服を着ている人を多く見かけるようになりました。私の父も、そんな6月に他界しました。

再び能登半島地震

 能登半島地震が起きたのは、2021年1月1日のことです。3.11に1.1、偶然にも1という数字が連なります。

mahiruf.hatenablog.com

 災害はいつどこで起こるかわかりません。日々を大切に生きていくことが大事なんだろうと思いながら、これを記します。

 

 

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再びのさよならにっぽん丸3—小豆島に上陸!—

 にっぽん丸のクリスマス・クルーズに参加してから、もう3か月が経ってしまいました。このところ慌ただしく、旅行記がそのままになっていました。クリスマスから新年、大雪、そしてこのところは、もう春の気配も感じます。目まぐるしいです。

小さい船に乗り替えて、小豆島へ渡る

 小豆島は、瀬戸内の島の一つです。「二十四の瞳」が有名ですが、バスガイドさんによると、もう若い人は誰も知らないとのこと、確かにそうかもしれません。私たちは、小豆島は2回目の訪問です。以前の訪問で、二十四の瞳映画村や「エンジェルロード」は行ったので、今回は寒霞渓(かんかけい」を目指します。

寒霞渓は本当の絶景だった

 寒霞渓は日本三大渓谷美とされるとのことでしたが、確かに素晴らしいところでした。ロープウエイで渓谷を登っていくと、瀬戸内海のキラキラした海の景色が眼前に広がります。まさにこういうのを絶景と言うのだなと思いました。

こちらは、ハート型に茂った木です。

マルキン醤油へ

 小豆島は醤油でも有名なところです。マルキン醤油では、昔からの工場を見学し、醤油ソフトを食べてみました。美味しかったです!工場の外には、小豆島らしくオリーブが植えられていました。レトロな佇まいのマルキン醤油と、いい歳して、醤油ソフトを食べる老夫婦。


 次の日は、高知観光です。私にとって初めての高知上陸。楽しみです。

 

 

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