散歩するように生きる

リタイア後の日々の暮らしと趣味と日本語教育のこと

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実践が人生を取り戻す契機に

紫陽花の変化

 今年の我が家の紫陽花は、かなり大きく育ったにもかかわらず、花はたった一輪しか咲きませんでした。なかなかガーデニングは難しいものです。。。いろいろな動画を見て、咲かなかった紫陽花の剪定方法を学び、一輪咲いた花も、摘み取って家に飾りました。最初は薄ピンクだったのが、だんだん紫が勝ち、ついに深みのあるエンジ色のようになりました。本当の青い紫陽花が憧れですが、それでも、咲いてくれたらそれでいい!という感じです。来年に期待しましょう。

平野啓一郎『本心』

 平野啓一郎さんの小説はかなり好きで読んでいますが、その中でも『本心』は非常に心に残る小説でした。映画化もされました。映画の方は、テレビで放映していたのをチラと見て、見るのをやめました。映画は、描かれ過ぎてしまうような気がして、それほど好きではありません。

 ネタバレしてしまうので、あまり詳しくは書けないのですが、2040年代を生きる母を亡くした青年の物語です。リアル・アバターの仕事をし、亡くなった母をバーチャル・フィギュアとして再現させ、一緒に暮らす青年「朔也」です。彼は大変なことに巻き込まれたり、母の知らなかった姿を知ったりしながら、もがき苦しみます。

 しかし、結局、朔也の壊れかけた心が再生されるのは、日本語が十分に習得できていないために差別的な暮らしをせざる得ない外国人の姉妹のために、日本語を学べる教室を探したり、自分自身もインターンとして働こうとしたりすることを通してでした。朔也は外国人の子どものために日本語を再教育するNPO法人「羽ばたきの会」に連絡をとり、女性の代表と話をします。そして「自分は、こういう人たちと関わりながら生きていくべきなのだということを強く感じた」と述べます。

「最愛の人の他者性」とは?

 平野さんは、この物語のテーマを「最愛の人の他者性」だと言っています。最愛の人の「本心」であっても、自分自身の思いと一体化しているわけではない、必ず「他者性」があるのだということでしょう。ということは、自分と他者と厳密に分けられているのではなく、最愛の人も、自分とは関係ないと思っている他者も、実は連続性があるということにもつながります。

 朔也が述べているように、「こういう人たちと関わりながら生きていく」ことが、自分をも変えていき、また社会も変えていく可能性がある、ということなのかなと思いました。まだ2040年代ではないのに、かなりのことがAIにできるようになった今、人と関わりながら行う実践が、人生を変えていくことになるのだろうかとも考えたりしました。それが、AI時代にも求められる仕事とも重なります。

 ちなみに物語の朔也は、実際に活動を開始しようと思ったところで、高校を中退してしまって何も知らないことに気づき、大学で福祉について学ぼうと一歩を踏み出します。実践だけではなく、知識も得ようと動き出すのです。

 

 

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